たまごだけの天津飯

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 この歳になっても食べたことのないものは多く、つい先日まで、天津飯もそのひとつだった。

 餃子を食べたいと初めて入った大阪王将のメニューに載っていた、まあるく焼かれた純なたまごにこれでもかととろとろの餡がかかった写真。見たことのない食べもの。なんだこれ美味しそう。

 視線をほんの少しだけ下に滑らせれば、『天津飯』と名付けられている。

 天津飯? 心のなかで首を傾げた。天津飯とは、カニカニカマやグリンピースや椎茸がたまごに入っているものではなかっただろうか。

 私はたまご好きだが、たまごであればなんでも許容するわけではなく、溶きたまごに何かを混ぜて焼いている料理があまり得意ではない。例えばふくさ焼き、スパニッシュオムレツ、具沢山の茶碗蒸しは苦手だ。だから、たまごにいろいろ入れて焼いたらしい天津飯はこれまで避けていた食べものだった。

 しかしこの天津飯のたまごには、写真をみるかぎり何も含まれていない。そういえば具なしの茶碗蒸しは大好きだった、と思い当たる。頼んでみた。満足度保険として餃子もつけた。

 運ばれてきた天津飯のたまごは、写真に負けないくらいまるかった。おそらく宇宙から見た地球の表面はこんな感じだろうといった、なだらかで壮大なまるさだった。れんげをそっと差し込んでみれば、どんなオムライスでも体験したことのないようなぷるぷるとしたたまごが切り離される。そうして空いた球体の隙間からは白いごはんがちょっぴり覗き、あっというまに餡が流れ込んで隠れてしまう。

 れんげに乗ったひとかけのたまごに、ちょちょっと餡を絡ませて、口に運ぶ。それからんーって、喉奥で小さく叫んだ。どうして今まで食べてこなかったのだろうと、ただただ不思議に思うおいしさだった。餃子もおいしかったが、あんまり味を思い返せない。それだけ天津飯に対する驚きがまさった。

 いや、でも。お会計を済ませて帰り道に考える。記憶のなかの、食わず嫌いしていた天津飯とは明らかに違う。酸っぱいって噂も聞いてたのだけれど、鶏ガラベースの醤油味でそんなことはなかった。

 調べてみると、やっぱりメジャーな天津飯のたまごには、カニを筆頭にいろいろ混ざっているものらしい。餡にはケチャップが入っていて酸っぱいらしい。酸っぱくないレシピには〝関西風〟の表記がある。ただし関西風の天津飯にも、カニカマやらグリンピースやら椎茸やらが入っていたりする。

 わからん。関西というか、大阪王将天津飯がこうってことなのかな。世に作り手無数にいれば天津飯も無数なのかもしれない。カニが混ざっていたらおそらく食べられなかったと思うので、たまごだけの天津飯を生み出してくれた大阪王将にふらっと入ってみてよかったなあと思った。あのたまごはすごい。まるい。ふわふわでとろとろで、概念としておおきいのだ。

 

 最近は家のフライパンで同じようなものが作れないかと挑戦しているけれど、これがどうしてなかなかうまくいかない。人生で天津飯もどきを食べた回数だけが、着々と積み上がっている。たまごの個数かな、油かな、手際かな。いつかあの地球みたいなたまごが焼けたらいいなあと思う。それから、もどきを重ねて感動があやふやにならないうちに、また大阪王将天津飯を食べに行こうとも。