旅のあと

旅に出ていた、という錯覚に落下している。実際に旅をしていたのは友人で、私が見て回ったのは今住み着いている東京と周辺そのものであって、しかし錯覚でなく旅だったのではないか、と感じる今朝だ。旅の感触が今乗る中央線に色濃く残っている。

月曜日締め切りの仕事のためにぎりぎりまで残業をし、金曜の夜20時に東京駅で待ち合わせをした。お互いしっかりごはんを食べる気が起きなかったから、まさしく東京駅で売っているような豪華なケーキを買った。幕張まで京葉線に揺られ、舞浜を通り過ぎるのが不思議で、旅割で賑わうホテルのチェックインには40分がかかった。ケーキの箱をお皿にプラスチックの小さなフォークでケーキを食べた。広い温泉に浸かった。疲れたね、と言いながらも、笑い合って眠った。朝起きて、温泉に執着のある私は朝風呂に行き、彼女はギリギリまで寝ていた。メッセは目の前で、待機列でヒロステの速報に泣き崩れ、ブースを回ってフィギュアやおもちゃや原画やパネルを見てはしゃいで、飛ばしすぎたとベンチで座りながらコスプレの人たちを眺めた。ぽちぽち頑張ったけれどステージの先着に負けて、仕方ないからイオンモールで配信を観て良いお寿司を食べた。蔦屋書店を見て回って本を買い、電車を2時間乗り継いで家に帰り、サークルチェックをしてから眠った。朝ごはんには、昨日の倉敷珈琲のメニューを真似した、ツナとキャベツとチーズのホットサンドを作って食べた。ビックサイトは今回も神々しくて、たくさんの創作物は輝いていて、印刷所さんの装丁オタクぶりに触れて、本を買えたと嬉しそうな友人が私にも嬉しくて、とても楽しかった。帰りに定食を食べ、お気に入りの店で美味しいケーキを買って帰り、家でヒロステを見た。それから鎌倉殿の最終回を見届け、最寄り駅まで彼女を見送った。あっという間だった。

生活圏を軸にした旅だった。だからこそ、この電車に乗りながらあの場所に行ったな、あんな話をしたな、ということを、きっとしばらくは毎日思い出すだろうし、毎日思い出すことがなくなっても、折に触れて思い出す。それはとても幸福なことだと思う。旅のあとの街は、ほんの少しだけあかるい。

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8月月報:映画、近況編。

というわけでまずは映画。

今月全然観てない〜って思ってたけど映画館では4本観てたしうち1本はおかわりもしてました。相変わらずの本数。

 

1本目。

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『今夜、世界からこの恋が消えても』公式サイト

ヨルシカが主題歌なんだ〜って軽い気持ちで観に行ったらブッ刺さっておしまいになった映画。8月2回観ました。

眠ればその日の記憶を失ってしまう、現実にある疾患、前向性健忘を患う日野真織と、あるひみつを持つ神谷透が織りなす神々しいまでに無垢な愛と、そのふたりをただ人間の身で見つめ続けた綿矢泉の話。

この映画は記憶できない彼女の「思い出」であるようにと、どこか霞みかかった雰囲気で撮られた映像が美しくて柔らかくて眩しい。光の使い方がすき。そしてどんなに辛いシーンでも雨が降らないのがすき。辛くたって世界は晴れるし美しい。彼が愛した世界を、自分を、これからも生きていくんだって彼を描く真織がずっと素敵です。

役者の話をするなら神谷を演じた「なにわ男子」道枝駿佑さんがもうもうもう美しくて瞳に感情載せるの上手くて「なに!!!!?!!?」って一瞬で好きになっちゃった。なにわ男子のYouTubeチャンネルを心の友にしてます。かわいい、すてき、言葉選びがすき、ありがとうございます……。

真織役の福本莉子さんずっっっとかわいいし不安を抱えながらも気丈に暮らす彼女のまっすぐな背筋を体現されててすごかったです。そして綿矢泉を演じた古川琴音さんマジで好きです……。琴音さんの芝居が本当に好き。ただ人間として2人を見つめ、ひとり十字架を背負い、その重みに耐えきれなくなるまでの心の機微がスクリーン超えて強く伝わる、毎回めちゃくちゃに揺さぶられてしまう。

この先も何度も取り出して観直すんだろうな、そう思う映画でした。大好き。

 

2本目。

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『ONE PIECE FILM RED』公式サイト

Adoさん演じるウタの歌が本当に良かった。8月は通勤中もランニング中もウタの楽曲を聴いていました。

ライブシーンのキラキラがほんとに眩しくて心の中でずっとペンラ降ってた。あと名塚さんの豹変演技にもペンラ降ってた。

内容については、ルフィが「助けて」って言ってもらえなかった場合のお話なのかなって感じがしました。ONE PIECEの世界にはこれという正義が存在しないから、ルフィがどうするかというのも目の前の彼/彼女がどうしたいかに依るところが大きく……ウタはクソみたいな世界と罪悪感から〝逃げたい〟と願ったけれど、ルフィに助けて欲しいわけじゃなかった。だからルフィにはトットムジカを止める以上のことはできなかったんだなあって思っています。

一味じゃないけど一味みたいなローさん、ベポが小さくなってガチショック受けてるローさん、とにかくかっこいいコビーさん(黒服最高!?)、オタク冥利に尽きてるバルトロメオ、戦いウキウキゾロさん、ここ数年で一番喋るシャンクスなどなど、ONE PIECEを長年好きだったものとして楽しいところもたくさんあって満足。25周年らしくエンドロールで今までルフィが出会ってきた人たちみんな出てきたのも良かったですね。

 

3本目。

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2002年 水の都の護神 ラティアスとラティオス 同時上映・ピカピカ星空キャンプ | ポケモン映画 プレイバック・ザ・ヒストリー

夏はポケモン

水の都の追いかけっこシーンを映画館で見たい〜〜って観に行って星空キャンプでめちゃくちゃにされた(どうして……)ずっとかわいいじゃん!!!! なに!!!?!!?

水の都も相変わらず良かった。あの劇伴を映画館で聞けて嬉しかったです。自己犠牲ウア〜!!!!!!って暴れてしまうのはもう仕方ないですね。お兄ちゃん……。

 

4本目。

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『劇場版ツルネ -はじまりの一射-』公式サイト

7.1chの弦音、すげーーってなりました。1発目が鮮烈……。あとやっぱ京アニのアニメーションは美しいね。

内容としてはモロ総集編だったのですが、好きなシーンだけギュッと観れる感じいいなって思いました。1月の続編の前に配信来たら観なおしたいです。

 

【おうちで観た映画】

・ララランド

リズと青い鳥

羊と鋼の森

 

 

ここから下は読まなくて大丈夫な一般オタク女性の近況。

①ランニングにハマりました。

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もともと週1くらいは走ってたんですが。

「Run trip」というアプリでタイムと距離を記録するようになって、意外と自分が走れることに気づき楽しくなっちゃった。ハマるとズブズブなのはもう性分なので仕方がない。

距離を伸ばしたり、少し短い距離でもタイムを縮めてみたり、都度目標を決めて走るのが本当に楽しいです。

でもこのまま毎日走ってると身体には良くない気がするので、9月は走るための筋肉をつける筋トレを重ねたいなと思っています💪 いつかマラソン大会も出てみたい。

余談ですが、家の最寄り着いてめちゃくちゃ雨降ってた日にウワーーーー!って家まで走っても息が切れなくなってました。順調につよくなってる。

 

すみだ水族館の年パス最高。

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週末に所用で墨田区に寄ることが多く、ついでにすみだ水族館行ったりしてました。ペンギン大好き! どの子も好きに過ごしててほんとにかわいい〜〜

すみだ水族館はもうどのエリアもすきなんですが、くらげシャーレの、水が上がってくるところにたまたま居合わせたくらげが「うわ〜〜」って無抵抗に水面まで上がってくるのが本当にすきです。ひとりで行くから永遠に見ていられる。

 

③うまいもの食べました。

ランニングにハマって食べることへの罪悪感が消え去り、グルメな8月でした。

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油そば
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挽肉と米のハンバーグ!
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ビリヤニ!(ひそかにブーム)

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俺流熟成塩ラーメン!

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寿司と日本酒!
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サイゼのラムステーキ!
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ブツ切りマグロ丼!(マグロと米が7:3!)

これ以外にも色々食べてる。食べて動いていい1ヶ月でした。人生かくありたい。

ケーキはTwitterタグ「#一生に食べるケーキを増やせ」から〜今月も相変わらず食べました🍰

 

江戸東京たてもの園の夏まつり

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江戸東京たてもの園

特別夜間開園。風鈴が綺麗だったり、出店もたくさんだったりでとても楽しかったです。

なによりここに展示されているたてものたちが、現役のころのように灯りを灯したくさんのお客さんで溢れてるのが良すぎて……昭和の街にタイムスリップしたみたいな夜でした。

 

 

 

9月は遠征があるのでワクワクで過ごしています。本はもう少し読みたいかな。

 

8月月報:コンサート、漫画、小説編。

7月より涼しかったなという印象のなか、いつも通り家でオタクに勤しみ、いろいろなところに行きいろいろなものを食べ、観て、そんな1ヶ月。私生活はばたばたとしながらもオタク充実してました。

 

遠征は無し。東京で生演奏のコンサートを2本観ました。

その1本目。8/20・LALALAND THE STAGE。

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大好きな映画をたくさんの人と一緒に、オーケストラを聞きながら……すっごくテンションが上がりました。アンコールのCity of Starジャズバンド版が良すぎ。サブスクでもなんでもいいから音源化してほしいです。

 

2本目。ディズニー・ワールド・ビート。

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アドリブとスウィング満載のビッグバンドで奏でられるディズニー音楽の世界で、踊り出したくなるくらい楽しかったです。シンガーさんがパフォーマンスはちゃめちゃに上手くて、楽器たちと張り合い絡み合いセッションしてたのがカッコよかったです。『ドナルドのダンス大好き』のシネマコンサート、楽器としてバケツがちゃんと出てきたのグッと来ました。

 

漫画。一気読みしたのは1作品。

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ワンダンス|アフタヌーン公式サイト - 講談社の青年漫画誌

高校生で吃音症を抱える主人公カボが、ダンスのことを愛しダンスに愛される湾田さん(チョベリグキュート)とダンス部でダンスする話。ダンスを通しながら自己の話とか努力と才能の話をしたり。

読もう読もう〜って積読してたんですが、1巻読み始めたら止まらず8巻まで読みました。好きな味〜……

なんといってもダンスシーンの作画。彼らのダンスのエネルギーを可視化するようで、ただただ漫画に魅かれ飲み込まれる。ワンダンスの絵、ずっと見ていられる。疾走感。

あとはカボくんがどんどんどんどん主人公になってゆくのが良いです。タッパあるからダンスシーンでは迫力あってわわわわ!ってなる。彼の言葉も好き。手首も好き。秘め続けた本音と意思のある長身猫背の男は最高だぞ! そして湾田さんがほんまに可愛くて美しくて才能で殴ってくるので最高。ダンスシーンは正に鬼神でメロメロになります。

 

 

 

 

小説は4冊。

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江國香織 『流しのしたの骨』 | 新潮社

ちょっと変な家族と、そんなおうちで何者でもない時間を過ごす主人公「こと子」と、ボーイフレンドの話。ふしぎだけど悪くないなって感じの小説だった。江國さんの一人称のリズム、独特で楽しい。

 

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ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈中〉― | ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン | 書籍情報 | 電撃文庫・電撃の新文芸公式サイト

第5回スクワッドジャム中編。安定感のある面白さでした。考え付かない作戦やギミックが散りばめられていて、そういうことかーー!!ってしてやられるのが楽しいですね。シャーリー、ピトさんのこと今回は仕留められてよかったね。あとやっぱり酒場のみんながわちゃわちゃ感想戦してるところが好き。

 

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後述の映画の原作。よかった。映画と違って一人称なので、登場人物たちの心情が言葉で刺さってくるのが好きです。

 

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愛じゃないならこれは何/斜線堂 有紀 | 集英社 ― SHUEISHA ―

恋ってどろどろとして透明にきれいじゃないよ、でも狂気だからこそ無視できぬ輝きを秘めてるよ、そんな恋たちの小説。恋に人生を狂わされるひとたちの小説。

相手の好きなものを知ろうとすることに下心があった場合とかウワ〜〜!!!ってなっちゃった。あなたが好きだから知りたいだけで自分は好きじゃない、そんな好きじゃないものに自分の好きなものが汚染されてく感じ、気持ち悪くて最高な話でした。

あとは3人でいるために互いの恋心を牽制し合う話すごくよかったですね。キスするだけで好きになっちゃう、肉体に引っ張られた恋のどうしようもなさとか大好き。

これは読み直して今度深く語りたい短編集でした。短編集ってところも良い。

 

 

映画とお出かけはたくさんあるのでまたまとめ直します。

深夜バスの持ち物

 深夜バス乗るたび、毎回毎回何かしら忘れて困っているので、備忘録として。荷物を減らしたい気持ちはあります、最低限です、たぶん。

 

携帯枕

 首〜肩をバスの揺れで殺さないため。頭がぶらぶらしなくなるので眠りも深くなります。空域入れて膨らませるタイプは100均一で売ってるので便利。畳めばカバンに小さく入るし。

着圧ソックス

 あるのとないのとじゃ翌日のふくらはぎが違う。締め付けられていることによる安心感みたいなものもある。メディキュット使ってる。

メガネ/コンタクト

いつもどっちか忘れる。どっちも持ってきてね。コンタクトはワンデーを予備含め多めに入れとくこと。

財布とiPhone

 この2つがあれば大抵なんとかなる。

充電コード(Lightning、USBtype-B)、コネクター、モバイルバッテリー

 4点セット。全部欠かすな。モバイルバッテリーは充電しておくこと(電源のないバスに当たることもあるので)。

歯ブラシ

 乗る前と乗ったあとにすぐ使いたい。コップがついてるタイプが便利。済ませられるなら最後の休憩で歯磨きしとくと到着してから慌てなくて済む。

洗顔フォームと顔パック

 洗顔はサボると肌が荒れるので。化粧水乳液のボトルは持ってきてもいいけど邪魔だし液漏れが怖いから、パックを貼り付けて代わりとする。5分じっとできるならするし、無理なら手のひらで上から押して使います。

タオル、ハンカチ

 荷物の量を考慮しつつ入るだけ入れる。洗顔でも手を洗うときでも使う。

化粧品

 普段持ち歩かないので意外と忘れる。カバンにポーチが入ってるのを必ず確認すること。

香水のアトマイザー

 これもよく忘れる。

たまごだけの天津飯

1/18

 

 この歳になっても食べたことのないものは多く、つい先日まで、天津飯もそのひとつだった。

 餃子を食べたいと初めて入った大阪王将のメニューに載っていた、まあるく焼かれた純なたまごにこれでもかととろとろの餡がかかった写真。見たことのない食べもの。なんだこれ美味しそう。

 視線をほんの少しだけ下に滑らせれば、『天津飯』と名付けられている。

 天津飯? 心のなかで首を傾げた。天津飯とは、カニカニカマやグリンピースや椎茸がたまごに入っているものではなかっただろうか。

 私はたまご好きだが、たまごであればなんでも許容するわけではなく、溶きたまごに何かを混ぜて焼いている料理があまり得意ではない。例えばふくさ焼き、スパニッシュオムレツ、具沢山の茶碗蒸しは苦手だ。だから、たまごにいろいろ入れて焼いたらしい天津飯はこれまで避けていた食べものだった。

 しかしこの天津飯のたまごには、写真をみるかぎり何も含まれていない。そういえば具なしの茶碗蒸しは大好きだった、と思い当たる。頼んでみた。満足度保険として餃子もつけた。

 運ばれてきた天津飯のたまごは、写真に負けないくらいまるかった。おそらく宇宙から見た地球の表面はこんな感じだろうといった、なだらかで壮大なまるさだった。れんげをそっと差し込んでみれば、どんなオムライスでも体験したことのないようなぷるぷるとしたたまごが切り離される。そうして空いた球体の隙間からは白いごはんがちょっぴり覗き、あっというまに餡が流れ込んで隠れてしまう。

 れんげに乗ったひとかけのたまごに、ちょちょっと餡を絡ませて、口に運ぶ。それからんーって、喉奥で小さく叫んだ。どうして今まで食べてこなかったのだろうと、ただただ不思議に思うおいしさだった。餃子もおいしかったが、あんまり味を思い返せない。それだけ天津飯に対する驚きがまさった。

 いや、でも。お会計を済ませて帰り道に考える。記憶のなかの、食わず嫌いしていた天津飯とは明らかに違う。酸っぱいって噂も聞いてたのだけれど、鶏ガラベースの醤油味でそんなことはなかった。

 調べてみると、やっぱりメジャーな天津飯のたまごには、カニを筆頭にいろいろ混ざっているものらしい。餡にはケチャップが入っていて酸っぱいらしい。酸っぱくないレシピには〝関西風〟の表記がある。ただし関西風の天津飯にも、カニカマやらグリンピースやら椎茸やらが入っていたりする。

 わからん。関西というか、大阪王将天津飯がこうってことなのかな。世に作り手無数にいれば天津飯も無数なのかもしれない。カニが混ざっていたらおそらく食べられなかったと思うので、たまごだけの天津飯を生み出してくれた大阪王将にふらっと入ってみてよかったなあと思った。あのたまごはすごい。まるい。ふわふわでとろとろで、概念としておおきいのだ。

 

 最近は家のフライパンで同じようなものが作れないかと挑戦しているけれど、これがどうしてなかなかうまくいかない。人生で天津飯もどきを食べた回数だけが、着々と積み上がっている。たまごの個数かな、油かな、手際かな。いつかあの地球みたいなたまごが焼けたらいいなあと思う。それから、もどきを重ねて感動があやふやにならないうちに、また大阪王将天津飯を食べに行こうとも。

 

 

 

とくべつをとくべつにしないでみると楽しい

6/6

 

 ケーキが好きだ。チョコレートケーキ、いちごタルトレモンタルトカスタードタルト、ニューヨークチーズケーキにスフレチーズケーキ、アップルパイ、シフォン、ショートケーキ……挙げればきりがない。

 ケーキ屋さんで、彼らがショーケースにお行儀よく並んでいるさまはいつまででも見ていられる。時折「これが食べものなのか」と信じられなくなる。陳腐な言い方をするならうつくしいのだ。

 同じ名前を持っていても、どのパティスリーで作られたかによって全く違うケーキになる。ショートケーキが受容する無数の解釈に惚れ惚れするし、シフォンの、どんな味であっても「シフォン」という型からは決して逸れない、可能性と縛りの共存に拍手したくなる。

 ショーケースから選ばれ、自宅の食器の上でひとりぼっちになってなお、彼らのうつくしさは失われない。しかし頑なではない。ショーケースの中で光を浴び背筋を伸ばしていたそのときのまま、日常を過ごす場所に馴染んでくれる。口に入れれば上品に甘い。

 喫茶店の、おしゃれなお皿の上で生クリームや粉砂糖に飾られて出てくるのも好きだ。お店のこだわりを感じられて、添えられた果物はさながら宝石で、いつもニコニコしてしまう。じっくり眺めてから、店内に投げれる音楽とともにフォークを突き立てる瞬間こそ至福と呼べる。

 週に一回と言わなくても、月に三回はケーキを食べたくなってしまう。

 

 それでも、頻繁に食べるようになったのはここ最近のことだ。

  それまでの私にとってケーキとは、とくべつなものだった。誕生日や、お出かけした先や、なにかしらのお祝いで食べる、非日常だった。一年で食べるケーキは両手の指ですっぽり足りてしまうほどだったし、いざケーキを食べるのだとわかれば、うんうん悩んでとくべつな1ピースを選んだものである。一個500円近く、上等なものであればそれ以上の値段がする嗜好品は、客観的にも高級品だ。

 しかし、手が届かないほど高いわけでもない。一人暮らしをするようになって気がついたけれど、自炊にしたってお弁当を買ったって、人間の一食がケーキとそれほど変わらない日はある。ケーキをご飯にしてしまうこともできるし(褒められたことではないけれど)、ちょっとした無駄遣いをやめたぶんはケーキになる。

 それに、年々食べ放題が辛い。デザートのケーキに悠々とありつけない。歳を重ねるうちに、おうちでケーキを食べることも厳しくなり、そのうちひとくちを食べるのもしんどくなってしまうのかもしれないと予感させる私の弱々しい胃があった。若いうちにたくさん食べておかないと後悔してしまう気がする。

 

 ──と、まあ、ケーキがどうしても食べたい私は、以上を言い訳にして囁く。じゃあたまに食べてもいいんじゃない?

 一連の話を聞いた友だちが素敵な言葉をくれた。一生に食べるケーキが増えるのはいいよね。

 

 

  かくして「#一生に食べるケーキを増やせ」のタグは生まれた。食べれば食べるほど一生に食べたケーキの数は増える。私の人生にはケーキが寄り添っている。いいじゃん、最高。

 とくべつだったものを、とくべつの枠から外して、手元に置くようにしてみたのだ。ケーキは思い立ったときに食べていいものになった。

 ケーキのとくべつ感もそりゃあ愛していたけれど、とくべつだからと切り離してしまうのは勿体無いことだったんだな、と今では思う。ケーキがたくさんある人生とほとんどない人生だったら、ある人生のほうが楽しい。少なくとも、私にとってはそうだ。

 切り花も同じかもしれない。人からもらうべき、人に贈るべきとくべつなもの、買うなら花束で、と思っていたけれど、別に一本を自分のために買って飾るのだって自由だ。安い花瓶に、小銭で買った花を挿すようにしている。水を変えたり、水切りしたりする時間がうれしい。

 

 とくべつなのだ、と遠ざけるより、とくべつじゃないしって、生活にしてしまうととても楽しい。もちろん、お金の余裕をどこかで作るからできることだけれど、ケーキや花に変わるなら、切り詰められるところを切り詰めるのも楽しいと思う。

 とくべつをとくべつにしないことで、毎日繰り返す日常が、とくべつなものになるような気がしている。

 というわけで、今月もケーキを食べます。

 

本の記憶

5/15

 

 ずっと気になっていた、金曜、土曜、日曜だけしか開いていないカフェに行った。生活の匂いがする駅周辺から少し離れたところ、ほとんど森にみえる、若草山へ続く道の手前にぽつねんとあった。

 

 もともとは研究所があったらしいそこは木造の作りで、あまりひろくはなく、屋根の梁が剥き出しになっていた。空調が効いているのか、そとの燃えるような暑さに比べてひんやりとしていた。家具は時間の流れを感じさせるもので、決して新品のような美しさではないけれど、丁寧に手入れが施されているように感じた。

 まず運ばれてきた,緑色の硝子でつくられたグラスに心が躍る。メニューも、印刷と装丁が凝っていて、何を頼もうかはすぐに決めたのに、迷っているふりをして、ゆっくりゆっくり眺めてしまった。

 

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 アイスコーヒーが美味しい気温だったのでそれと、サンドイッチ。

 サンドイッチにはツナと卵と玉ねぎを混ぜたものと、生ハムと、野菜が挟まっていた。少し多めの胡椒が、ぴりりと効いていた。今度真似してみよう。

 

 私はこのカフェで、「52ヘルツのクジラたち」を読んだ。ここに来る前に、本屋で調達したものである。

 カフェでも街でもなんでも、まだ行ったことのない場所に行くときは、新品の本を持っていくようにしている。デートに行くために新しいワンピースを下ろすような心地で、はじめて触れる本の表紙を開くのだ。

 もちろん読み終わらなくていい。出先で、読み終われるほどの時間おなじ場所に立ちどまり、本を読むに足る静寂を得るのはむずかしい。

 私はただ、この本はこの場所で開いたのだという記憶を、本に染みつけておきたいのだ。

 そうすることで、その本を再読するたびに、その場所が私の中に浮かぶ。1ページ目を開いたときの、周りの景色や、気温、その日の目的、口にしたもの、他のお客さんの声、すべてがぶわりと思い返される。

 新しい本を代わり映えのない自室で開いてしまうなんて、なんともったいないことだろうと思う。新しいは一回しかない。だから、新しい場所に行くなら新しい本を手に入れるし、新しい本を手に入れたなら、まだ本を読んだことのない新しい場所に赴く。

 

 キノの旅を最近読み返しているのだが、初めて読んだのは、豊洲ららぽーとの、キッザニアの隣に入っていた大きな本屋だった。

 当時の私が豊洲ららぽーとに行く目的はキッザニアだった。キッザニアは入場まで待ち時間があって、その間はららぽーと内にいなければならないのだけれど、私はよくその本屋で時間を潰した。座って立ち読みができる場所があったからだ。

 そのときに手に取ったのがキノだった。あまりの衝撃に2巻まで読み、3巻は買って(一緒に1、2巻を買って帰るお小遣いの余裕はなかった)、キッザニアに入場してからの待ち時間で読んだのを強く覚えている。あのころ職業体験をしていた小さな子どもは、大きくなってなお、キノの旅を一番よく見える本棚に並べている。